章 27

シンシアが映画館のドアから入ってきたとき、何かがおかしかった。

俺はいつも彼女のことを、ヘッドライトに照らされた鹿だってからかっている。だが今回ばかりは、まさしくそんな様子だった。目に見えて震え、よろよろと覚束ない足取りで入ってくる。

「シンシア?」

彼女は俺を見上げる。ヘーゼル色の瞳が潤んでいた。

彼女に近づくと、普段とは違う匂いがふわりと鼻を掠めた。

シンシアはいつも、古いコットンのような、ラベンダー石鹸のような、そして微かにリラのような香りがする。それに、俺の匂いも混じっている。何度も抱きしめてきたから、僅かだろうけど、俺の匂いが彼女に染みついているんだ。

でも、何か新しい匂いがする。そ...

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